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十字架の道とゲツセマネの祈り - 張ダビデ牧師

 

1.キリストとの同行とゲツセマネの祈りイエス・キリストのゲツセマネの祈りに関する記録は、マタイ・マルコ・ルカの共観福音書に共通して登場する重要な本文である。これを通して、キリストの十字架の道がいかに孤独な道であり、その中に込められた従順と祈りの力がどれほど深遠であるかを悟ることができる。しかし驚くべきことに、ヨハネ福音書にはこの決定的なゲツセマネの祈りが出てこない。ヨハネ福音書の13章から16章までは最後の晩餐と別れの説教が登場し、17章にはイエス様が弟子たちと未来の教会のために捧げられた大祭司的な祈りが記録されたあと、18章からイエス様ご自身が直接捕えられ、十字架の受難を経験される叙述が本格的に展開される。その分岐点のどこかで、共観福音書が共通して証言するゲツセマネの祈りが消えているわけだ。一体なぜヨハネは、このように重要な祈りを省略したのか。その核心を理解するためには、イエス様がすでにヨハネ福音書13章の最後の晩餐の場面で十字架を「栄光」として認識し、行くことを決心された内容に注目する必要がある。

ヨハネは、イエス様が「人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光を受けられた」と仰せられた場面を通して、主が苦難と死を避けることなく、むしろその中に含まれた栄光を掴んでおられることを示す。つまりヨハネ福音書の著者は、イエス様の御心の中ではすでにすべての決断がなされたと見ているのだ。主が十字架の道をゲツセマネの園で遅れて決心されたというよりは、最後の晩餐のときにはすでに結論が確定していたというわけである。そして「ユダはそのパン切れを受け取ってすぐに出て行った。すると夜であった」(ヨハネ13:30参照)という文章により、決定的な裏切りの時点が明確になったと語る。これによって、イエス様が行かねばならない十字架の道を覆すことのできない時点となり、その道がすでに「栄光」であることを確信したうえで別れの説教に臨まれたという視点が提示されるのである。

しかし、いくらヨハネ福音書でゲツセマネの祈りがあたかも削除されているように見えたとしても、共観福音書が示す重要な神学的メッセージを見落としてはならない。それは、十字架の道が「栄光」であると同時に、極度の苦痛と犠牲を伴うという事実である。マルコ福音書14章32〜42節には、この苦痛と従順が鮮明に描写されている。弟子たちが主をまったく理解せずに軽んじている姿を対照的に見せながらも、イエス様は汗が血のしずくのようになり、ひどく恐れもだえ、「アバ、父よ。あなたにおできになることなら、この杯をわたしから取り除いてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままになさってください」と叫ばれる。ここで私たちは、イエス様の「人間性」と「神的従順」が劇的に交差する神秘を目の当たりにする。

イエス様はわずか33歳という若さで、それも最も残酷で恥ずべき刑罰として有名なローマの十字架刑を受けなければならなかった。ローマ帝国が反逆者や極悪人に科したこの残忍な処刑は、単に早い死をもたらすのではなく、苦痛と恥辱を長引かせることで、本人だけでなく彼に従う者たちにも恐怖と屈辱を与える最悪の刑罰であった。それゆえイエス様が「この杯をわたしから取り除いてください」と祈られたのは、あまりにも当然な「人間的苦悶」と見ることができる。しかし同時に、イエス様はこの地に来られた目的がまさに罪人たちのために代償の犠牲を支払うことであることを御存じだった。この「神的使命」と「人間的恐れ」とが衝突するとき、イエス様は最後に「わたしの願いではなく、御心のままになさってください」という信仰の告白をささげられる。まさにこの信仰の決断こそが、ゲツセマネの祈りの本質的メッセージである。十字架は回避することもできた道かもしれないが、主は父の御心に全面的に従うことによって、その道を喜んで選ばれたのだ。

こうした主の選択は、決して弟子たちによって助けられたり励まされたりしたものではなかった。マルコ福音書によれば、弟子たちは晩餐を終えたあと、賛美を歌いながらオリーブ山へ向かったが、イエス様がその祈りで身震いされる瞬間にも、彼らはともに目を覚ましていられず、眠り込んでしまう。イエス様が祈りの途中で戻ってきて「たった一時間でも目を覚ましていることができなかったのか」とおっしゃるほど、弟子たちは無知で鈍感であり、十字架の道がどれほど切迫し厳粛なものか、まったく理解できていなかったのである。結局、主は人々の無関心と誤解、そして裏切りが錯綜するただ中で、ひとり祈りと格闘された。「ひどく恐れ、もだえられた」という句は、イエス様が神でありながら、人間として感じる恐れ、悲しみ、絶望までも深く抱かれたことを痛切に示している。

私たちがこの内容をさらに深く黙想すべきなのは、キリストとの同行が決して「華やかな祝福の結果」だけを保証するものではないという点である。イエス様と同行すると言いながら、実際には主が血のしずくのような汗を流して祈っておられる現場では不意に眠り込んでしまう弟子たちの姿は、今日の私たちの信仰とあまりにもよく似ている。私たちは時に、「たとえ主とともに死ぬとしても、決して主を否まない」と豪語するペテロの壮大な決意に倣いたがるが、いざ主の真の苦しみと犠牲の場が目の前に迫ると、揺らいだり、あるいは逃げ出してしまうことがある。信仰とは口先や唇の告白ではなく、実際の生活の場に垂れ下がる十字架の重みを担うことなのだが、その重みが予想以上に大きく、苦痛に満ちたものであることを思い知らされるとき、私たちは厳粛にならざるを得ない。

張ダビデ牧師は、様々な説教や講義を通してまさにこの「ゲツセマネの祈り」が信仰において決定的な意味を持つと強調してきた。イエスに従うということは、復活の栄光を憧れると同時に、ゲツセマネの祈りに込められた涙と慟哭、そして十字架の惨たらしさを無視しない態度が必要だと言う。彼は、共観福音書が伝えるイエス様の苦悶を正面から直視するとき、初めてヨハネ福音書に示された「十字架こそが栄光」というメッセージを正しく理解できるのだと教える。つまり復活の栄光だけを求めようとする私たちの性向は、イエス様が本当に担われたその深い孤独の谷を見落としがちだということだ。しかしイエス様が「アバ、父よ」と祈りつつ死に至るまで従順であったからこそ、十字架は栄光へと完成した。信仰の歩みにおいて、最も深い谷を通らずに高い峰の栄光に与ることはできない。その点を最も鮮明に示す場面が、まさにゲツセマネ園での祈りの場面なのである。

張ダビデ牧師の解説を付け加えるなら、ゲツセマネ(オリーブを搾る所)でオリーブの実を絞って油を取り出すように、イエス様の生涯そのものが絞り出され、砕かれ、完全な贖いの油としてささげられる象徴があるとも言われる。実際に「キリスト」(ギリシャ語)あるいは「メシア」(ヘブライ語)は「油注がれた者」を意味する。旧約において油注ぎは、王や祭司、預言者を立てる重要な儀式だった。しかし逆説的なことに、イエス様には世間の期待とは異なり、正式に王として油を注いでくれる華々しい道は用意されていなかった。人々は栄光ある即位式や名誉ある承認を期待していたが、実際には弟子たちでさえも眠り、裏切り、最後にはただ残酷な処刑だけがイエス様を待ち受けていた。したがって真の油注ぎとは、人為的に用意された華麗な儀式ではなく、ゲツセマネでの「わたしの願いではなく、御心のままになさってください」という従順の決断と、十字架の上で流された血を通して成就されたものだと解釈することができる。

マルコ福音書14章51〜52節に登場する奇妙な場面、すなわちある若者(マルコ自身と推定される)が亜麻布だけを身にまとってこっそりイエスに従っていたが、人々に捕まえられそうになり布を捨てて裸で逃げ去ったという内容も、弟子たちの卑怯な姿とイエス様の孤独を劇的に対比している。マルコは自分の福音書の中にこの恥ずかしい体験を率直に記録することで、「私は主を最後まで守ると誓ったが、いざ危機が迫ると素っ裸で逃げ出す、どうしようもなく情けない弟子にすぎなかった」という事実を隠さずに示している。これは実際にあった歴史的な出来事として、初代教会の時代から伝えられてきた証言であり、福音書がいかに正直に人間の弱さをさらけ出すかを知ることができる箇所でもある。結局、イエス様のまわりには、十字架の苦難を共にする人はおろか、目を覚まして祈る人さえいなかった。イエス様は人間的な望みさえ断たれたその状況の中で、ただひたすらアバ父に向かって慟哭と涙をもって祈られ、最後まで従順を貫かれたのである。

後に使徒パウロはピリピ書2章5〜8節で、「キリストは本来神の本質を持ちながらも、ご自分を空しくしてしもべの姿をとり、人間と同じようになられ、へりくだって死にまでも従われた。しかも十字架の死にまでも」と宣言する。これこそ、ゲツセマネの祈りを通して明かされたイエス様の「自己空虚化」(ケノーシス)思想だ。主のゲツセマネの祈りは、信仰のすべての歩み、すべての犠牲、すべての決断に対する原型となる。人々の前では堂々としたふりができるが、実際の従順と犠牲の場は神の前でひとり泣き叫び願い求める場所である。しかしその道こそ、聖霊の力と慰め、そして神的な導きを経験する道でもある。だからこそ、ゲツセマネの祈りは2,000年の教会史を通して絶えず黙想され、記念されてきた場面になっているのだ。

張ダビデ牧師もこの部分を繰り返し説教や文章で取り上げ、「人間的には揺らぎが生じ得る。主も十字架を避けられるものなら避けたいと思われた。しかし父なる神の善いみこころを全面的に信頼されたゆえに、その道を喜んで歩まれ、それが人類救いの決定的な出来事となった」と説明する。結局、信仰とは弱さや恐れ、苦痛や涙を否定したり無視したりすることではない。むしろそれを「神の前に訴えられる場」に持っていくこと、それでもなお神の御心が善く明確であるとの確信の中で従順することである。これがゲツセマネの祈りを通して私たちに与えられる最も重要な神学的・歴史的意義だ。

ここでさらに注目すべきは、ゲツセマネの祈りの中にある「アバ、父よ」という呼びかけである。イエス様はアラム語で「アバ」(パパ、お父さん)と呼んで、「父におできになることなら、この杯を取り除いてください」と祈られた。当時のユダヤ人たちは、神を直接「アバ(パパ、父)」と呼ぶことはなかった。キリスト以前の伝統では、神はあまりにも崇高で恐れ多い方であり、神の御名さえ軽々しく口にしないほどの畏敬の念があった。しかしイエス様はそのすべての距離を越え「わたしの父」と告白している。これは神の絶対主権を認めつつも、その人格的な愛を同時に掴む信仰であった。父が愛する子どもを決して見捨てないという信頼、それがあったからこそイエス様は最後まで十字架の道を歩めたのである。ゲツセマネの園で唯一の望みは父の御腕であり、その御腕を最後まで掴まれたからこそ、絶望と苦痛の渦の中にあっても打ち砕かれずにいられたのだ。

このようにゲツセマネの祈りは、イエス様が直面された現実的な苦難と孤独、そして従順の価値がどれほど大きく驚くべきものであるかを示している。同時に、そのすべての過程においてさえ神を「アバ、父よ」と呼ぶ親密さとへりくだり、従順の態度を私たちは見出すことができる。共観福音書がこの祈りを記録して伝えてくれた理由も、まさにそこにある。イエス様が全能の神の御子であるとしても、この十字架の苦痛と死の重みは想像を絶する。しかしイエス様がその道を放棄されなかったゆえに、人類の救いは完成されたのである。一方、ヨハネ福音書は十字架をすでに「主の栄光」という神学的告白の中で物語を進めているため、ゲツセマネでの揺らぎや慟哭をあえて繰り返し記録しなかったように見える。しかし私たち信仰者は、共観福音書とヨハネ福音書を併せ読みすることで、「主の苦悶があったからこそ、結果的に十字架が栄光となった」という事実をより明確に悟ることができる。

結論として、ゲツセマネの祈りは、信徒の生において「神の御心と自分の願いが衝突するとき」に私たちが取るべき姿勢が何かを深く教えてくれる。私たちもイエス様のように、「父よ、おできになることならこの困難を取り除いてください。しかし私の思いではなく、父の御心が成るように」との態度で進まなければならない。人間的な苦悶や恐れがまったくない信仰は、ある意味、表面的な「強さ」だけを追い求める未成熟な態度かもしれない。真の信仰とは、私たちの内なる弱さや不安までも正直に告白し、それらすべてを神の主権に委ねる決断だ。それこそがゲツセマネの園、すなわちイエス様が「ひどく恐れ、もだえられ」祈られたその場所である。張ダビデ牧師はこうしたゲツセマネの祈りの意味を体験的に教え、私たちもまた人生の危機と絶望の中で主のモデルにならい、最後まで従順することを学ぶべきだと勧めてきた。彼が繰り返し強調するのは、「あなたがたは共に目を覚まして祈りなさい」というイエス様の要請を、いま私たちがどう受けとめ、実践するかという点である。弟子たちが歌をうたいながらオリーブ山に入り、ゲツセマネの谷を渡るとき、その前でささげられた犠牲の生贄の血が流れていたにもかかわらず、まったく悟らなかったように、今日も多くの人々は十字架の真の意味と主の孤独を知らないまま"水面上の信仰"だけを保ちやすい。しかしゲツセマネの本質は、その孤独と涙の谷を通過したからこそ十字架が最終的な栄光として顕現したという点にある。だからこそ私たちは「キリストとの同行」を歌うだけでなく、彼の深い苦難と祈りの場に積極的に参加する霊性を育てるべきなのだ。

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2.ゲツセマネの祈りの現代的適用今日、教会と信徒にとってゲツセマネの祈りはどのように適用され得るだろうか。私たちはイエス様の働きを語るとき、奇跡やしるし、復活の栄光、ペンテコステの聖霊降臨といった壮大な出来事を主に取り上げることが多いが、イエス様の苦しみと人間的な弱さが露わになったこのゲツセマネの場面は早足で通り過ぎてしまいがちである。しかしゲツセマネの園での涙と慟哭、そして「アバ、父よ」という人間的に切実な嘆願は、実際の信仰生活において見過ごすことのできない重要な手本である。張ダビデ牧師はこの箇所を、現代のクリスチャンにとって非常に重要なテーマだと説いている。世の中や文化がますます勝利主義や成功主義を追い求めるにつれ、信仰者もその流れに乗って復活の栄光だけを強調し、苦難や悲惨を回避しようとする傾向に陥る危険が大きいというのだ。

しかし聖書を読むと、「栄光」はいつも苦難を通過した後にもたらされる。イエス様が公生涯の間、何度も人々を癒し、福音を宣べ伝えられたにもかかわらず、その決定的なみわざは一度きりの「十字架の出来事」に集約された。そしてその場所に行く途上、まさにゲツセマネでイエス様は最後の激しい霊的な格闘をされたのである。これはイエス様ですら、その道が容易であったわけではなく、苦難はタダで乗り越えられるものではないことを示す。むしろ苦難はあまりに重く恐ろしく、できるなら避けたいという率直な思いがイエス様の祈りにそのまま現れている。しかし同時に、そのすべての人間的な弱さにもかかわらず、イエス様は「神の御心ならば、その道を行きます」と宣言され、結局十字架で死なれた。張ダビデ牧師は、私たちの現実にも数多くの危機や痛みがあり、それに直面したとき、ゲツセマネで主が示された模範に従うべきだと勧めている。

たとえば現代人が抱える悩みは実に多種多様だ。経済的な困難、職場生活の不安定さ、病気、家庭の問題、人間関係の破綻、個人的な憂鬱や不安などが深刻化するとき、「そもそも信仰とは何なのか?」という根本的な問いを投げかけることになる。教会でよく耳にする説教は、「神があらゆる問題を解決してくださる」という約束のように聞こえることが多いが、現実にはすぐにそれが叶うとは限らない。ある人は明日が見えず、またある人は家族の重い病の癒しを必死に願っても、なかなか変化がないように思える。さらには個人的な悲劇が訪れたとき、「本当に神がおられるのか?」という根本的な疑いに捉われることさえある。そうしたときこそが「ゲツセマネの時」である。私たちの中に無力感と恐れが押し寄せ、「おできになることならこの杯を取り除いてください」という切実な祈りをささげる。しかし同時に、この祈りをさらに深く黙想すればするほど、「わたしの願いではなく、御心のままになさってください」という従順の決断が本当に何を意味するのかを悟るようになる。

張ダビデ牧師は、説教や集会の中で、ゲツセマネの祈りを「神の御心は時に私たちの期待とまったく違うかもしれず、それが苦痛を伴うとしても結局はすべてを合わせて益としてくださるという信仰を掴むこと」と語る。人間の視点から見ると、十字架は屈辱であり失敗だ。しかし神の救いのご計画の中では、十字架が人類に復活と永生をもたらす最高の勝利となった。今日、私たちが直面するさまざまな問題も同様である。今は全く解決の糸口が見えず、痛みや絶望が続いているように思えるとしても、それが決して神の御手から離れていないという信仰があるだろうか。目の前には血が川のように流れるキデロンの谷が広がっているように見えても、神はその先の救いをなおも支配しておられるという事実を信頼できるだろうか。それこそがゲツセマネの祈りを現代的に実践する土台となる。

実際、ヤコブ書やペテロの手紙を読んでみると、初代教会の信徒たちも病や迫害、貧しさなど、あらゆる苦難の中でどれほど信仰を保つのが難しかったかがわかる。だからこそ使徒たちは「さまざまな試練に会うときは、この上もない喜びと思いなさい」(ヤコブ1:2)とか、「火のような試練があなたがたに起こるのを不思議なことが起こったかのように思ってはならない」(Ⅰペテロ4:12)と勧める。一見するとまったく現実味がないように思えるが、彼らの背後にはゲツセマネの祈りを通して示されたイエス様の手本があるのである。すなわち「父のみこころにかなっているのなら、いま私には理解できなくてもその道を歩みます」という真剣な従順である。その道を歩む過程で私たちは内面が押し潰され、希望が消えたかのように感じることがあるかもしれない。しかしその苦痛のただ中で「アバ、父よ」と呼ぶ信仰は、私たちを見捨てられない神の御手につながる。十字架へ向かわれたイエス様の従順は、最終的に復活によって証明された。現代のクリスチャンもこの事実をいつも思い起こす必要がある。

特に張ダビデ牧師は、教会共同体に蔓延する「野心中心の信仰」や「現世的成功に集中した信仰」の傾向を批判し、「キリストに従うということは、ゲツセマネの祈りに秘められた従順と犠牲を進んで受け入れることである」と繰り返し強調する。多くの信徒は教会に集い、賛美を歌い、宣教活動をし、奉仕をするなど、様々な信仰の営みを行うが、いざ苦難が訪れると簡単に神を恨んだり、信仰を捨てる姿を見せたりする。イエス様の弟子たちも最後の晩餐では大いに熱意を燃やしていたが、実際にゲツセマネの園で共に祈って目を覚ましていてほしいというイエス様の願いすら守れなかった。ペテロは「たとえ主と共に死ぬとしても、主を裏切ったりはしません」と宣言したものの、祈りに目覚めている代わりに眠り込み、結果的にイエス様が捕えられると剣を抜いて誤った対応をし、やがて3度も否認して逃げ去った。現代の教会もそれほど大差がない可能性がある。口先では「私は主を愛します。主のために何でもします」と言いながら、実際に切迫した苦しみに直面すると、たちまち心が揺れ動いてしまう人も少なくない。張ダビデ牧師はこれを「人間的な決意だけでは決して十字架の道を歩むことはできない。ゲツセマネの園での祈り、すなわちアバ父への絶対的な委託こそが不可欠なのだ」と教えている。

さらに、ゲツセマネの祈りでわかるように、イエス様の祈りが「感情的な表現」に終わらず、実際の行動(「立て、行こう」)へとつながった点が重要である。イエス様は3度目の祈りを終えられた後、弟子たちに「今は眠って休みなさい。もう終わりだ。時が来た。見よ、人の子は罪人たちの手に渡される。立て、行こう」と言われた(マルコ14:41-42参照)。これは祈りの結論が、ただ感情的な安定を得るだけで終わるのではなく、間もなく迫る十字架の現実へ踏み出す「行動」であったことを示す。現代の教会もここで挑戦を受けるべきである。私たちは礼拝堂で熱い祈りや賛美を捧げることができる。しかしその祈りが真の意味を持つためには、日常に訪れる十字架的な状況を避けずに、その場へ積極的に踏み込まなければならない。まさにイエス様が「わたしの願いではなく、御心のままになさってください」という結論を得られたとき、そのまま捕縛される道を大胆に歩まれたように、私たちも人生でぶつかる多くの葛藤や痛みを回避せず、真正面から向き合う必要があるのだ。

具体的には、社会的弱者や疎外された隣人のために献身する道、教会共同体の中で起こる葛藤を愛によって乗り越える道、真理と正義を守るために損を引き受けなければならない道などが挙げられるだろう。イエス様が祈りの後すぐに決断を示してゲツセマネの園での逮捕に自ら進んでいかれたように、私たちも祈りを通して神の御心を悟ったなら、ためらわずに信仰の行動を取らなければならない。張ダビデ牧師は「これこそゲツセマネの祈りを現代の教会が正しく適用する姿勢だ」と説く。すなわちゲツセマネの園での祈りは、究極的には苦痛や試練がなくなることを願う祈りではなく、試練が訪れようとも「神の御心に従順できる力」を与えてくださいという祈りだったという解釈である。イエス様の例を見れば、最終的には十字架が取り除かれることなく、そのままイエス様を襲ったが、キリストはすでにゲツセマネで父の御心に完全に身を委ねたことによって、精神的にも霊的にもその道に勝利されたのである。

現代の教会がこのメッセージを噛みしめるなら、信仰の目的を「すべての問題の即時解決」にのみ置かなくなるだろう。もちろんイエス様の御名によって祈るとき、奇跡的に病が癒されたり問題が解決することもある。しかしいつもそうなるわけではない。さらに大切なのは、「それが起ころうと起こるまいと、私たちは神に自分自身を全面的にゆだね、御心に従おうとする姿勢」である。これこそがゲツセマネの祈りの精神だ。たとえ世の視点ではそれが敗北のように見えても、十字架が復活へつながったように、神の視点ではそれが最も驚くべき勝利に結実する。張ダビデ牧師は多くの説教でこの論理を繰り返し強調し、イエス様が示された最後の晩餐から十字架に至るまでの過程が、最終的には栄光へ向かう巡礼であったことを説き明かしている。

また、ゲツセマネの祈りが教会共同体の「とりなしの祈り」(中保の祈り)とも深く結びついている点も見逃せない。イエス様はご自身の苦痛の中でも、「この世にいるご自分の者たちを愛して、残るところなく愛された」(ヨハネ13:1)というみことばのように、弟子たちのため、さらに将来信じるすべての者たちのために祈られた。この祈りはヨハネ福音書17章の大祭司的祈りでより詳細に示されており、ゲツセマネの状況と相まって「主は私たちのために最後まで祈ってくださった」という事実を思い起こさせる。これはすなわち、私たちが互いのためにとりなしの祈りをささげるとき、「イエス様が先に苦しい祈りの場所を歩まれた」ことを思い出し、倣わなければならないという意味でもある。教会は苦しむ人々のために真剣に泣きながら祈り、神がその人々を立ち上がらせてくださるように願い求める共同体であるべきだ。イエス様が孤独に祈られたように、私たちも祈りたくないときや肉体が疲れているときでも、眠り込むのではなく目を覚まして祈る者の位置に立たなければならない。そうしなければ、ゲツセマネで眠ってしまった弟子たちと少しも変わらない姿となってしまう。

張ダビデ牧師は具体的に、「今日、個人の祈りが疎かになり、教会の中でも信徒同士が互いのために熱く祈る風土が弱まれば、ゲツセマネの園の涙は教会ではなく世のあちこちで虚しく流されてしまうだろう」と警鐘を鳴らしている。イエス様が十字架につけられるさなか、弟子たちは恐れに支配されて逃げ去ったが、現代の私たちの姿はどれほど違うだろうか。困窮している隣人、精神的・肉体的に苦しむ信徒、あらゆる社会的不条理に直面して打ちひしがれる人々のために、私たちは痛みを共に感じ、祈りをもって寄り添っているだろうか。ゲツセマネでイエス様は弟子たちに「ここにいて目を覚ましていなさい」と頼まれたが、弟子たちは一時間さえ目を覚ましていられなかった。結局イエス様は孤独に祈られ、そのまま十字架へと向かわれた。私たちがこの本文から学ぶべきことは、教会が目を覚まして祈らないなら、イエス様の孤独を常に再現するだけでなく、私たち自身も危機の瞬間にひとり置き去りにされる結果を招くかもしれないという点である。

同時に、ゲツセマネの祈りは「赦し」の問題ともつながる。イエス様は十字架の上で「父よ、彼らを赦してください。彼らは自分が何をしているのかが分かっていないのです」と祈られた(ルカ23:34)。この場面は、ゲツセマネの祈りを通してすでに心を整理し、最後まで父の御心に従うと決断されたからこそ可能だったことだ。クリスチャンが実際の生活で誰かを赦すのが難しい理由は、自分の感情のやり場のない悔しさや傷が大きすぎて、「自分を十字架につける相手」に寛容を施すことなど到底できないからである。しかしイエス様は最も激しい裏切りと侮辱、苦痛を負いながらも赦しを与えられた。その背景には「御心のとおりにしてください」とのゲツセマネの祈りで自分自身を完全に捨てる過程があった。張ダビデ牧師は、「赦しは人間の力では不可能に見えるが、ゲツセマネの祈りを体得した者は主の御心をいくらかでも理解し始める」と語る。つまり、人間的な怒りや傷が渦巻く状況でも、「神の尊いみこころがあるのなら私はこの道を拒まない」という心境に至る道、そこが赦しの出発点になり得るということだ。

したがってゲツセマネの祈りは、単にイエス様の時代の歴史的事件にとどまらず、現代を生きる信徒がどう信仰を保ち、さらに成熟していくのかを示す極めて実際的な指針ともなる。私たちはしばしば大きな奇跡やしるしを通して神を体験しようとするが、真の奇跡は十字架の前で「主よ、私の思いとは違うとしても御心に従います。いまだに恐れや痛みが消えませんが、主が歩まれた道を私も回避しません」と祈るところにこそある。こうした祈りを通して私たちはイエス様の孤独、イエス様の慟哭、イエス様の従順をある程度自分の生活の中に移し入れることができる。そしてそのような姿勢で世に向かうとき、私たちは復活の喜びを真に体験することができる。

張ダビデ牧師が教える核心のひとつは、「苦難の谷を知ってこそ、復活の頂がはっきり見える」という点である。人は高くそびえる頂だけを憧れたいのであって、深い谷は避けたいと思うものだ。しかしイエス様の生涯を振り返ると、その頂点である復活は決して独立して存在したのではない。幾多の排斥や誤解、弟子たちの裏切り、そして決定的にゲツセマネの祈りにおける激しい苦闘があったからこそ十字架が成り立ち、その十字架があったからこそ復活が完成した。私たちの信仰の過程もそうであると、張ダビデ牧師はくり返し説いている。もし教会がこの事実を見失うなら、外見的には華々しいリバイバルや成長を追い求めながらも、実際には苦難に直面したときにあっけなく崩れ落ちてしまうしかない。

さらに彼は、このゲツセマネの祈りがキリスト教共同体における「連帯」という観点からも重要だとしばしば語る。教会とは、ただ信仰の成功を誇る人々だけが集まるところではない。むしろ痛む人々、失敗を経験した人々、苦しむ人々がともに泣きつつ祈り、互いに支え合う霊的共同体であるべきだ。イエス様がゲツセマネの園で弟子たちをそばに置き、「共に目を覚ましていろ」とおっしゃったように、私たちも互いに目を覚まし合い、とりなし合い、誰かが祈りの格闘をするとき共にいてあげなければならない。たとえ私たちがイエス様の弟子たちのように眠り込んだり、「絶対に主を裏切りません」と息巻いておきながら失敗してしまうにしても、最後には戻ってきて互いを顧み、再び目を覚ますように促す責任がある。その連帯の中心にあるのが「アバ、父よ」の愛なのである。つまり人に対して怒りや絶望を感じるより先に、ゲツセマネでイエス様が示された恵みと忍耐を思い出しながら、互いの重荷を負い合う共同体となるのだ。

現代的な視点で見ると、教会が抱える数多くの葛藤や問題の背後には、実はゲツセマネの祈りの不足があるのかもしれない。信徒たちが互いのために真剣に泣きながら祈るのではなく、世俗的な方法で争い、派閥を作り内部対立を起こし、傷が深くなると教会を離れる、ということが繰り返されている。イエス様が最も極端な状況である十字架への道の中でも弟子たちは一つになれず散り散りになったが、それが今日の私たちの時代にもそのまま再現されている。しかしそれでも神の愛は変わることなく、それを根本的に掴み直すなら、再び祈りの場へと進むことができる。張ダビデ牧師はこれこそ「ゲツセマネの祈りが現代の教会に突きつける主要な課題」であると指摘する。私たちはイエス様が進まれた道をただ頭で理解するのではなく、「私がその道に加わります。私が目を覚まして祈ります。私が試みに陥らないよう祈ります」という具体的な実践へ向かわなければならない。この決断がなければ、教会がどれほど礼拝堂を拡張し、大勢の人を動員した行事を開催しても、結局キリストの真の栄光に参与することはできないかもしれない。

整理すると、ゲツセマネの祈りは、いつの時代・どの文化圏でも「信仰の本質」と「弟子道の核心」を教えてくれる決定的な出来事である。イエス様はそこで私たちと同じように苦悩し、涙を流されたが、神の御心への絶対的な信頼によってその道を放棄しなかった。弟子たちは眠り、逃げ、否認したが、最終的にはキリストの復活後に回復された。張ダビデ牧師は、この一連の流れこそ人の失敗と神の救いがどのように噛み合うかを代表的に示していると説く。私たちがいまこの本文を黙想するということは、不信仰、怠慢、恐れ、弱さなどで満ちている自分自身の内面を正直に直視することだ。そしてその状態で「アバ、父よ」と叫び、「わたしの願いではなく、あなたのみこころが行われますように」という祈りに立つことである。教会の真のリバイバルと聖潔もまたここから始まる。十字架を負う前に、イエス様は誰にも理解されない激しい祈りの谷間を通られた。その道があったからこそ、復活の朝が開けたのだ。

最後に、張ダビデ牧師が繰り返し喚起するように、信徒一人ひとりはもちろん、教会全体がゲツセマネの祈りにおける「一瞬たりとも目を覚ましていることの切迫感」を見失ってはならない。福音書を読むたび、私たちはイエス様がオリーブ山の麓で血に染まったキデロンの谷を渡られるとき、どのようなお気持ちだったか想像してみる必要がある。絶え間なく多くの犠牲の子羊の血が流れて赤く染まった谷を歩みながら、イエス様はご自分こそが「まことの小羊」としてすべての人類の罪を負わなければならないことを自覚されたに違いない。しかし、その道を一緒に行くと大言壮語した弟子たちは歌い、眠り、ついには逃げ去ってしまった。今日の私たちも復活祭の祝福礼拝や聖餐式では「主とともに死に、よみがえります」と叫びながら、いざ人生で直面する「ゲツセマネの夜」には簡単に霊的な無感覚に陥ることがあるかもしれない。だからこそ主は「目を覚まして祈っていなさい。試みに陥らないように」と再三求められる。そしてその道がどれほど困難で狭いように見えても、父の御心を信頼して歩むとき、私たちも新しい命と救いの朝に出会うことになるだろう。

結局、ゲツセマネの祈りはイエス信仰の核心である十字架事件を前にしたイエス様の内面の闘いと勝利、そして弟子たちと教会が徹底的に倣うべき従順の模範である。そこには「私の願いではなく、父なる神のみこころが最優先」という告白とともに、「父の愛と全能を疑わない信頼」が要請される。私たちは自分の弱さを隠そうとせず、イエス様のように父の前にすべてを吐き出すべきである。その切実な慟哭と涙が神の善き摂理の中で決して空しくならないことを信じ、「立て、行こう」と十字架の道に踏み出すことこそクリスチャンの真の弟子道となる。張ダビデ牧師がこのメッセージを絶えず伝えてきたのは、まさにこうした「ゲツセマネの霊性」が教会と個人の信仰にどうしても回復されねばならないと信じているからだ。イエス様が祈りによって既に勝利をおさめたその場所に、いま私たちがもう一度ひざまずいて参加するとき、そこに驚くべき恵みと復活の力が開かれると確信しているのである